アポロ11号の月面着陸映像は、捏造だった!!??。。。
そんな番組が面白おかしく日本で放映されたのは、今から数年ほど前のこと。
今でも、この仕事をしていると、よく聞かれることがある。
「アポロってホントは月に行ってないんじゃないですか?」と。
いやそんなことはない、11号以外にも証拠はいっぱいあるわけで、ちゃんと学校でも習ったし、ちょっとネットで調べれば誰でも簡単に事実関係が分かるし、捏造説の人の言っていることのトンデモさと言ったら、普通の感覚では違和感を覚えざるを負えない。
でもちょっと待って。
今、ネットで調べればと言ったけど、本当に真実があったかどうかって、そんなんでわかるの?
少なくとも1969年7月の、日本も含め世界中が月面着陸に沸いたあの時期、私はまだ生まれていない。
小学校からずっと、歴史として習ってた、源頼朝、足利尊氏、武田信玄などの有名な肖像画も、最近の研究では別人の可能性が高いという。
いったい私たちは、情報の氾濫する無痛文明化した現代社会において、いったいどれほどのことを自分の目で確かめて真実としていけ入れているのだろう。
近代哲学の父として、現代西欧文明の中心的価値観を作ったデカルトは、著書「方法序説」の中で、方法的懐疑という手法によって、疑い続けても疑えない、
我思うゆえにわれあり(コギト・エルゴ・スム)を哲学的思考の原点とした。
いったい私たちは何を根拠に事実を判断しているのだろう。
頭でっかちになった現代人は、体験をせずに論説をぶったり、誰かのやったことをやってもいないのにエラそうに批判してみる人は多い。
今回のグーグルのXプライズは、月面にアポロの証拠を見つければ、ボーナスが出るレギュレーションになっている。
「大切なことは、目には見えないんだよ。」
星の王子様はそう私たちに語りかける。
自然を離れ、ひたすらに利便性を追求してきた視覚優位、理性優位の現代社会において、真実を感じることは極めて難しくなったのかもしれない。
4月から欧州にきて、各国を回って、いろんな人と会って、いろんなことを感じても、英語ができないとかだけではなくて、言葉にうまくまとまらないことがいっぱいある。
幸いWiFiさえ繋がれば、ネットで旅行情報はいくらでも手に入る。
でもそんな無線の電波も、目には見えない。
原理がわからなくても、便利になれば使っている人はいっぱいいる。
生きているということは挑み続けるということ。
それが生存のためであった原始時代から、生存はお金さえあればいくらでも保障される現代社会において、むしろ生きる意味を見出しにくくなっているのが、日本をはじめとする先進国の現代社会なのではないだろうか。
ホワイトレーベルスペースの挑戦は、私たちが私たちの世代で世界中の仲間と協力して、歴史的事実を自分たちの力で作ったロボットで確かめ、その過程で目には見えにくい真実を見出す挑戦でもあるとも言える。





